Claud Bernard C. Bernard(ベルナール,1865)
“内的環境と外的環境”および“内部環境の恒常性”
1865年フランスの近代実験医学の開祖といわれるベルナール(Claud Bernard)は、細胞に
とっての環境である細胞外液の状態を内部環境と名づけて、生体には生体の内部を一定の状態に保つ機能が
備わっているものと考え、“内部環境の恒常性”という概念を提唱しました。生体の内部環境は平衡を保つ
ことが必要であり、一定に保った状態が維持されていることが健康を維持していくうえで極めて重要であると
説いています。外部環境とは、気象や気温といった多くの種類の環境条件を意味し、私たちを取り巻く外部
環境がたとえ大きく変化しても、内部環境が一定であるとしました。
Walter B. Cannon(キャノン,1898)
“ホメオスタシス”・“緊急反応”
ベルナールがみいだした学説は、その後アメリカのハーバード大学生理学教授であったウォルターキャノンに
よってより深く研究されました。キャノンは人間の身体が環境の変化に対して、生体内の種々な機能を一定
の状態に保つ恒常性(ホメオスタシスhomeostasis)の機能があることを提唱しました。恒常性というのは
外部環境が変化しても人間の体内のブドウ糖、たんぱく質、脂肪、水、電解質、酸素、水素イオン濃度、
浸透圧、温度などが一定に保たれている状態をいいます。生体が一定の状態を維持するため、神経系、
内分泌系や免疫系などの調節系がお互いに緊密な連携を持って働き、重要な調節機構の役割を果たします。
外部環境の変動に対して常に内部環境の調整を行うことで、生体を至適状態に流動させます。これを生体
反応の適応現象といい、この概念からストレス刺激が長期化したり、その量が多すぎたりすると、
ホメオスタシス機構に破綻をきたし、からだにも種々の弊害がもたらされると考えました。
緊急反応 (fight-flight response)
一方では、痛み、飢え、恐怖、暴行といった精神的ストレスに対してしめす動物の反応を実験医学的に
研究していました。緊急反応の研究では、猫のそばに犬を連れてきて激しく吠えつかせ生体の変化を実験
しました。この状況で猫は、非常事態にさらされ全力をあげて、危険に立ち向かう(Fight・闘争)か、
または全力で逃げ出そう(Flight・逃走)として、全身の力をその目的のために使う必要が生じます。
この準備のために生体内は激しく興奮し、大脳から脳幹、自律神経系の交感神経、アドレナリン系を
中心とする一連の反応が起こります。そうすると、猫は瞳孔の拡大・唾液や消化液の減少・消化管の
運動の抑制、心拍数の増加、血圧の上昇、呼吸数の増加、立毛などがみられ生理学的な変化が起こり
ます。これは「緊急反応」、または「ストレス学説」とも呼ばれています。この学説は精神的な感情の
動きが、身体に影響を及ぼすメカニズムの研究を生理学の一大テーマにしたという点で、第一歩とも
いえる意義ある学説でした。
ハンス・セリエ(Hans Selye, 1907〜1982)
ベルナール、キャノンを経て、1936年カナダの生理学者ハンス・セリエが登場しました。セリエは先人の
研究を参考に、自らの成果を加えてストレス学説を作り上げました。自然化学雑誌であるNatureに論文
「種々の有害作用から生ずる一症候群」を発表しました。それは、動物が外界から有害作用(ストレッサー)
を受けると、脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の放出が増し、副腎皮質ホルモン(コルチゾン)
が増加し、副腎髄質ホルモン(アドレナリン)が血中で増加するということでした。そしてこれこそが
ストレスの正体であると考えました。外界からのストレッサーを受けると闘争あるいは逃走の態勢を取る
ため筋肉が緊張し、血圧が上昇し、脈拍が上がり、血液中の糖分が増加する(ストレス状態)。これは
運動すると元に戻るが、現代人は闘争が禁じられているため、この状態を解消できず、心臓血管系に
負担を与え、心筋梗塞、高血圧などの原因となることを述べ、精神衛生が肉体的健康に影響を与える
ことを科学的に明らかにしました。
そしてまたこの考え方をもとにセリエは、生体のストレスに対処する反応に3つの段階があることを
提唱しました。第1期は警告反応期で、身体がストレスを認識し、闘うか逃げるか、どちらかの行動に
入る準備をします。内分泌腺からホルモンがでて、瞳孔がひろがり、心臓の鼓動と呼吸がはやくなり
ます。血糖値があがり、汗が出て、消化作用が遅くなります。第2期は抵抗期です。警告反応によって
起こった体の状態はストレスがなくなれば回復しますが、ストレスが続くと身体は警戒態勢をとった
ままになり、警告反応期の状態は回復しないようになります。それが長く続くと第3期の疲憊
(ひはい)期にはいり、ストレス関連疾患がおこります。あまり長期間にわたってストレスにさらされ
続けると、体のエネルギーが使いはたされ、死にいたることもあります。これらの反応による症状を
全身適応症候群(general adaptation syndrome) といいます。