Tさんは54歳の公務員で病気知らずの男性。人間ドツクにかかったとき、総コレステロールの値は
正常なのに、HDL(高比重リポたんぱく)コレステロールが1デシリットル当たり98ミリグラムで高いといわれ、来院した。
HDLには、末梢組織から余分なコレステロールを取り込んで肝臓へ返す働きがある。HDLコレステロールが多いと動脈硬化に
なりにくくなるので、HDLコレステロールは善玉コレステロールとも呼ばれている。
Tさんの悩みは善玉ならいくら多くとも大丈夫なのかということである。通常は1デシリツトル当たり50ミリグラム前後を健常とし、
40ミリグラムに低下すると心筋梗塞が増加する。35ミリグラム以下だと患者数が健常な人の1.5〜2倍になるので、40ミリグラム未満を
低HDLコレステロール血症として動脈硬化の危険因子のひとつと数える。しかし、下限はわかっていても上限についてははっきりしない。
ウラル地方や中国の四川地域、わが国では沖縄などに長寿症候群といわれるめでたい現象がある。
これらの地域に住む100歳以上の長寿者は、HDLコレステロールが高値であることがよく知られている。最近、
4万人に1人と少ないが、ある特殊なコレステロールの転送たんぱくが遺伝的に欠如した人ではHDLコレステロールが高値を示すことが
わかり、これが長寿症候群の理由のひとつとされている。
ところが異論もある。HDLから中性脂肪を分解して取り除く酵素が欠如する人でも高HDLコレステロールとなるからである。
この人たちは角膜混濁や黄色腫、心筋梗塞などが多発し、動脈硬化が悪化しやすい。Tさんは一喜一憂することになった。
じつはTさんはなかなかの辛党であり、善玉コレステロールが高い原因は多量の飲酒にあった。飲みすぎによるいくつかの酵素の
阻害や脂肪合成の増加などのために増えたのだった。この一件を見るにつけ、「酒は百薬の長」と簡単にあがめるわけにはいかない。
Tさんは「とんでもないところへ飛び火した」とあわてて辛党の話題を返上した。
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