たまたま乗り合わせたタクシーの運転手さんとの会話である。行き先から私が大学病院の医者であるとわかり話が始まった。
「ヘルペスって病気をご存じですか」という質問である。ヘルペスは単純性ヘルペスと帯状ヘルペスに分類されるが、「私はこれで大変な目にあったのです」と勝手に話し始めた。
おなかの左側だけに帯状に水疱ができるのに気づいたので、気持ち悪くなり市内の有名病院にかかった。内科の先生が一見して「これはヘルペスです」といい、
採血や超音波検査などを指示。3日後に同じ先生がさらに別の検査を指示。1週間後の診察で「検査結果は大したことないですよ」といわれて診察は終わった。そこで、
おずおずと「治療は」と尋ねると、一言「ほっといても大丈夫」といわれた。運転手氏は「塗り薬1つもらえずに帰りました」と合点のいかない様子だ。
そこで、乗りかかったのも何かの縁と解説を始めた。
ヘルペスはウイルスによる感染症で、おなかにできるのは帯状疱疹といわれ、通常はかなり強い痛みを伴う神経炎を起こす。
皮疹が出て1週間後に片側の神経分布に一致して水癌が現れる。3週間後にはかさぶたとなり、ときに潰瘍から瘢痕となる。放置しても軽症は1ヵ月で治癒する。
問題はこの水疱がしばしば糖尿病や免疫低下のある人、たとえばがんや悪性の血液疾患に見られ、医学生はこの病気を見れば基礎疾患がないことを確認するのが大切と教育される。
「それでいろいろ検査したのか」と運転手氏。「悪い病気が隠れていなかったのだからまずはよかったね」というと「なるほどね」と得心した様子。
「診察料はあの病院よりお客さんに払うべきだよね」と殊勝なことをいい出す。
もっとも、下車するときにはきっちりと料金を取り、乗っている間はほとんど病気の個人懇談という運転手氏にとっては非常に有意義な時間となった。
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