以前に知り合った、奇妙な経験をした患者さんのことをお話ししようと思う。主人公はN子さん、22歳のうら若き未婚女性である。
彼女が自分の体についてふと疑問を感じたのが18歳のときであった。それまでは規則正しかった生理がしだいに不規則になり、ついにはなくなってしまった。そのうち、
ふくらはぎや腹部の産毛が濃くなり、硬い毛に変わってきたように感じたという。
さらに、顔に硬い毛が現れるようになり、毎日ひげそりでそらなければ外出できないくらいにまでなった。おなかの毛もかなりの硬さとなり、へそまでつながるくらいになった。
それでも若い女性のことで、だれにも相談もできず悩んでいたという。21歳になって、声がテノールの低音となり、さすがに母親が娘の異変に気づき、来院することになった。
来院時、彼女の声は明らかに男性の声の域にまで低くなり、顔面にはひげのそりあとがみずみずしく認められた。陰毛と体毛がつながり男性型の分布をし、乳房の明らかな萎縮、
筋肉質の腕や太もも、性器の変形など女性の男性化現象が見いだされた。
じつは、健常な女性でも副腎や卵巣から男性ホルモンが分泌されたり、肝臓などで活性化されて生じる男性ホルモンが存在するが、せいぜい男性の10分の1程度である。
ところが、もし男性ホルモンか過剰に分泌されると成熟女性であっても男性化が起こる。検査の結果、N子さんには男性ホルモンを過剰に産生する副腎皮質腫瘍が見つかった。
このような腫瘍はまれではあっても、悪性であることがしばしばで、その場合は予後はあまりよくない。幸い、N子さんの腫瘍は手術によって取り除くことができた。
術後の経過は劇的で、まず、ひげや体毛が軟らかくなりつつ減少し、声が女性らしくなり、性器の変形も本来の形に戻った。
術後のN子さんの言によると、「まるでオオカミ男からもとに戻ったみたい」。夢多い乙女は悪夢からさめやらぬかのように、この奇妙な体験を語った。
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