Tさんは46歳の高校の英語の先生で、生徒からは疲れを知らない鉄人先生といわれている。その鉄人先生が心配そうな顔をして診察に来られた。
出張の帰りの飛行機で、着陸態勢に入りますとアナウンスがあったときに、左耳がツーンとふさがれたような閉塞感に襲われた。
初めはよくある耳とのどの気圧差によると思い、つばを何度も飲み込んでみたが一向に戻らない。まさかこれが病気とは思わなかったが、あせりもあってか、
それとも着陸態勢のためか、軽いめまいと吐き気がしたと本人はいう。
その後、帰宅してからも左耳の閉塞感は取れず、翌朝起床時には音の立体感がないと感じた。それが左耳の聞き取りにくいためと気づき、来院したのが3日目である。
難聴は強くなっていたが、これが病気かという実感がなかなかわかず、病院で「大したことないですよ」といわれるのではないかといらぬ心配までしたという。
これは突発性難聴といわれ、炎症などによる急性難聴疾患を除外した総称で、原因ははっきりしていない。特徴は、発病の日時、
どのような場面で何をしていたかはっきりと記憶にとどめるほど突然である。
難聴は感音性でかなり高度なことが多い。ただ、耳痛や耳漏はなく、むしろ蝸牛の機能障害としてのめまいや耳鳴り、耳閉塞感が前後して見られる。
発病後1〜2週問で聴力が自然に回復することも多いが、安静は必要である。ステロイド剤などの治療でよくなるものの、1ヵ月も過ぎると治療効果は期待できなくなる。
このため、早期受診、早期治療の大切な病気である。発症頻度は100万人に対して25〜30人といわれ、40代に起きることが多く、男女差はない。頻度の少ない病気ではあるが、
じつはくせ者の病気で、糖尿病、白血病、梅毒などの病気が合併していることが多いとされ、内科医としては油断できない。
鉄人先生であるTさんも軽症の糖尿病をもっていることがわかり、生徒からも「先生もやっぱり人問だったね」と冷やかされたそうである。
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