Tさんは医療機械を扱う会社に勤める42歳の中肉中背の男性。昨年暮れころからよく汗をかき、動悸が起こるので気鬱ではないかと悩んだ様子で
来院された。
よく話を聞くと、会社での春の健診で初めて血圧が高いとの指摘を受け、病院に行くよう指示があったものの、ご本人は忙しさに紛れて放置していたらしい。
これまで糖尿病はなかったというが、尿検査では尿糖がプラスに出た。「そういえば少しやせたかな」と不安そうに考え込む。血圧は収縮期182、拡張期110とかなり高い。
検査の結果、Tさんの血液と尿に高濃度のノルアドレナリンを検出し、CTスキャンで右の副腎に腫瘍が見つかった。褐色細胞腫という副腎髄質の腫瘍で、
アドレナリンやノルアドレナリンを大量に合成、分泌する。このため、血圧が急激に上昇し頭痛や動悸、発汗が起こる。
この腫瘍は比較的まれな疾患で、高血圧患者の○・一パーセント程度である。男女差はなく、30〜50代に好発する。家族内発生が見られ遺伝的ともいわれるが、
原因はよくわかっていない。腫瘍の倍加速度は平均24ヵ月で大きいものは何百グラム、ときには1キロになることもある。10パーセントが悪性型である。
この病気の厄介なところは腫瘍からホルモンが常時分泌されているとは限らないことである。この間欠型だと1日に何回も血圧発作が起こるものから月や年に数回と
いったものまである。寝たりかがんだりする動作や重い物を持ち上げようとしたり、食べすぎ、排便時などに発作が誘発される。このため心臓神経症とかヒステリー、
更年期障害などと問違われやすい。また、アドレナリンは血糖上昇作用があるホルモンなのでこの病気で糖尿病になる人もいる。この意味では甲状腺機能亢進症のバセドウ病と
糖尿病を足したような高血圧の病気ともいえそうだ。
Tさんは手術で腫瘍を取り除いた後は気鬱な症状がなくなり、高血圧や尿糖も解消した。「健診でいわれたときに病院に来るべきでした」と反省の弁。
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