43歳の高校の先生であるM子さんが「がんこなコレステロール」で来院した。彼女のいうがんこなコレステロールとは治療困難な高コレステロール血症
という意味らしい。
M子さんの言い分はこうだ。職場での健診で高コレステロール血症を指摘されたため、しばらく病院にかかって食事療法の指導を受けるとともに、
コレステロールを下げる薬を処方された。ところが、当初血液1デシリットル当たり280ミリグラムあったコレステロールが全く下がる気配がなく、
逆に同200ミリグラムに上昇することさえあるという。
処方されていた薬は効果に定評のあるコレステロール合成阻害剤である。この薬なら通常は3ヵ月も服用すれば少なくとも20パーセントは低下して、
M子さんの場合なら同220ミリグラム程度に落ち着くはず。薬の服用を疑ったが、「きちんと飲んでいましたよ」と機先を制された。
じつは、M子さんは慢性甲状腺炎のための甲状腺機能低下症であった。この病気は自己免疫によって甲状腺の組織破壊が起こり、甲状腺ホルモンの分泌が減少し、
このために高コレステロール血症も生じる。この場合は高脂血症剤が奏功しないことが多い。
慢性甲状腺炎は大正時代の初めに橋本策先生により見いだされ、国際的にも橋本病として認知されている。欧米にくらべてわが国に多く、40〜50歳の女性によく起きる。
症状は甲状腺が硬く腫れること以外は甲状腺機能低下の症状が主で、全身倦怠感、体重増加、便秘、寒がり、皮膚の乾燥や荒れ、生理不順、記憶の不備など不定愁訴様であり、
しばしば更年期症状として見逃される。
治療は甲状腺ホルモン剤を少量より必要な量まで徐々に増やしていく代償療法を行う。M子さんの場合、この治療により高脂血症剤を用いることなくコレステロールが下がり、
今まで不快に感じていた倦怠感も解消して二重の朗報。この倦怠感にはずいぶんと悩まされていたが、「"年のせい"といわれるのがいやで相談しなかったのです」とM子さんはいう。
「でもやっぱり病気だったんですね」
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