M子さんは商社に勤める44歳のオフィスレディー。もともとスポーツ好きの活発な女性で、家事と職場の両立もうまくいき、
順調な日々を送っていた。若いころより貧血傾向はあるものの、とくに気になることはなかった。ただ最近になって倦怠感や脱力感が持続することに気づき、
多分更年期障害であろうと思いながら来院した。
来院時、軽度の貧血と低血圧があり、「昔から色黒でしたから」とご本人はあまり気にしていないが、皮膚の色素沈着が目立っている。よく聞くと不眠、
食欲不振や体重減少もあり、わき毛の脱落も認められる。「だって年もそこそこですから」と言葉少なく更年期を強調する。
じつは、このM子さんは副腎皮質機能不全症、別名アジソン病であった。副腎というのは左右の腎臓の上に接する5グラムくらいの小さな三角形の内分泌臓器で、
皮質ホルモンと髄質ホルモンを分泌している。このうち皮質ホルモンだけの分泌障害をアジソン病と呼ぶ。
副腎皮質ホルモンには糖質ホルモン、ミネラルホルモン、性ホルモンの3つがある。これらのホルモンが不足ぎみとなるため筋力低下、脱力感、低血圧、低血糖、
生理不順、わき毛の脱落などが起こり、さらに副腎の分泌不全のため下垂体からの刺激ホルモンが増加し、黒色調の皮膚の色素沈着が起こる。原因の大半は副腎結核であるが、
まれに副腎がんや白己免疫疾患のこともある。
この病気は通常は症状が軽くて問題は少ないが、外傷、手術、発熱などのストレスや心筋梗塞、脳卒中などの重症疾患を患うと、
抗ストレスホルモンとしての副腎皮質ホルモンが相対的に不足するためショック状態となり、生命危機に陥るおそろしい一面をもつ。
逆にこのホルモンはストレス時の特効薬として医療で用いられているほどである。
一見、更年期障害のようにありふれた症状が隠された病気を見いだすきっかけになったM子さんだが、今では副腎皮質ホルモンの補充療法で全く症状がなくなり、
「やっぱり更年期障害ではなかったのですね」と納得している。
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