大学病院に勤めているからなのか、最近の傾向なのか、医者顔負けの医学知識を駆使する患者さんをよく見聞きする。
隣の診察室から若い医者と患者のMさんとの問答が聞くとはなしに聞こえてきた。Mさんは腎臓から大量のたんぱく質が尿に漏れ出て、
血液の主なたんぱく質であるアルブミンが激減するネフローゼ症候群という病気。治療のためにたんぱく質を食べるべきか制限すべきかについての問答である。
「たんぱく質を通常より制限すべきです」と主治医がいう。Mさんは少し待ってくださいという。じつはMさんは雑誌編集を仕事にしていた関係で、
10年前くらいにある大学の雑誌編集の折に、この病気の治療についての記載を読んだ記憶があるという。
「確か、この病気はたんぱく質が尿にたくさん出るので、たんぱく質はふつうの1.5倍ぐらい食べるべきだと書いていました」と反論する。大量に失われるたんぱく質を
食事で補充するのはとても論理的だと感心したので記憶にあるという。「だっ.て、たんぱく質が少なくなっているのですから、たくさん食べないと心配じゃないですか」
隣で聞いていてももっともな主張である。さて、主治医はどう答えるかなと耳を澄ます。
「僕たちが学生のときには、内科の教科書にも高たんぱく食にすると書いてありました」と主治医が言い訳がましくボソボソと話しだす。以前は確かに高たんぱく食が
スタンダードだった。別に主治医の責任ではないのだが治療食への考え方が変更されてきたのだ。
たんぱく質を多く食べると腎臓からのたんぱく質の代謝物も多く排泄しなければならず、このことが病気の腎臓に負担をかけ、腎機能を悪化させる。
腎機能の温存が一番の治療目標であることを考えると、過重な負担となるたんぱく質の摂取を減らすことが眼目となる。
治療の考え方が正反対になったひとつの例である。Mさんは「なるほど」と納得した様子。やれやれと隣ではらはらしていた先輩のことも知らず、若い主治医は
「なんでも質問してください」と得意顔をしていた。
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