Hさんは工務店に勤める56歳の職人サラリーマン。30歳ころから痛風のため医者にかかっていた。5年前に最近目が大きくなったのではないかと
指摘を受けたが、とくに症状もないので聞き流していた。
最近、流涙、眼球の乾燥感が強くなり目が痛むようになった。近所の眼科医に診てもらったら視力低下と眼球突出があるといわれ、来院された。
来院時、眼瞼浮腫と眼筋障害による軽度の複視(ものが二重に見える)があり、健常者では17ミリ以下である眼球突出度が右眼で27ミリ、左眼で29ミリと顕著に突出していた。
ちょうど「驚いて目をむいた」状態である。
コンピューター断層写真で眼窩部(眼球の収まっている空間)を見ると眼筋が異常に肥大していた。
眼球突出は眼球が大きくなるのではなく、眼球の後ろにある脂肪組織や眼筋の肥大により眼球が圧迫されて前方に押し出されてくる状態をいう。
しばしば甲状腺疾患に伴うことが多く、バセドウ病では30パーセントの患者さんに見られるという。Hさんは甲状腺機能正常型のバセドウ病と診断された。
従来、この病気はバセドウ病に伴う症候のひとつと考えられていたが、最近では眼球の後ろにある脂肪組織や眼筋に異常な免疫反応が生じて増殖肥大する病気で、
バセドウ病と共通の自己免疫病基盤はあるものの独立した疾患と考えられるようになってきた。
Hさんの場合は、眼球突出度が高度で病変が眼筋に及ぶ悪性眼球突出症である。免疫抑制剤であるステロイド剤の大量療法とエックス線照射療法がなされた結果、
突出は右眼で20ミリ、左眼で19ミリまで回復し、眼痛や複視も改善した。
悪性眼球突出症は、ときには血漿交換療法もなされる難治性の病気である。眼科医との緊密なチームワークに支えられ、Hさんは無事退院された。
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