Mさんは41歳。金融機関に勤める働き盛りのキャリアウーマンである。今までとくに病気の経験のない彼女に突然不安が襲った。
それは軽い風邪の症状で始まった。のどの痛みと頭痛が1週間ほど持続したが、いつものようにうがいを励行するだけで気にも留めなかった。
ところがそのうち、首の右側から耳にかけて強い痛みが起こった。歯痛ではないかと歯科にかかるが異常はなく、そうこうしている間に38.9度の高熱が出た。
頭痛が強くなり、ものを食べると飲み込んだときののどの痛みも増した。
その後しばらくして、熱が下がって落ち着いたとひと安心していたら、今度は首の左側に痛みが出現。しっかり者を自称するMさんも「これは大ごとかも」と弱気になって、
やっと来院を決心した。
来院時、手の震え、動悸と3キロの体重減少があり、夕方になると著しい倦怠感があった。検査結果には炎症所見があり、血液中の甲状腺ホルモン濃度が健常人の4倍も高く、
放射性ヨード摂取率はゼロであった。Mさんは亜急性甲状腺炎であった。
この病気はバセドウ病のように甲状腺ホルモンが大量に血液中に放出され、発汗や頻脈をきたすが、ホルモンを過剰産生するのではなく、
ウイルスなどによる炎症で甲状腺細胞が崩壊し、ホルモンが血中に流出するのが原因である。このため甲状腺部の痛み、耳への放散痛、発熱、発汗、
動悸などの症状が一時的に生じる。不思議なのは特徴的な首の痛みの部位が移動することだ。
亜急性甲状腺炎はわが国や欧米に多く、熱帯地域では少ない。中年の女性によく見られ、高齢者ではまれである。夏に発症のピークがあるので有名な病気でもある。
2〜3ヵ月で治癒するが、ときには半年以上も治まらないこともある。発熱や痛みの強い場合はステロイドホルモンで治療する。
幸いMさんは経過を見るだけで自然治癒した。ご自分の健康に自信を取り戻し、相変わらずバリバリと仕事に取り組んでいるとのことである。
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