「下世話な話なんですけどね」と突然に、堅物で有名な名誉教授のT氏がまじめな顔で話しかけてきた。
「今朝から大きいものが出そうで出ない。1日中仕事も手につかない」のだそうだ。要するに便秘で困っているということなのだが、
「困る」などという生易しいものではなく「苦悶している」状態なのだそうである。よく聞くと1週間前から出張や講演のスケジュールが立て込み、
いつトイレに行ったかなど記憶にないらしい。
便秘というのは排便回数でいえば3〜4日間以上便通のないことをいう。硬い便であったり腹部の膨満感や便が残っているような感じを伴う場合も含まれる。
通常よく経験する便秘は、副交感神経が緊張しすぎて腸管の運動が異常になり、ヒモ状やウサギの糞のような便になるタイプと、
腸の内容物の通過が遅くなり水分が過剰に吸収されて便が硬くなるタイプがある。このほか腹部手術後の癒着や大腸がんなどで便秘になることもある。
一般に便秘は女性に多く、年齢とともに頻繁に起きるようになる。若年者で副交感神経の緊張で起きる便秘がよくあり、
中高年では腸の内容物の通過が遅くなるタイプが増えるが、大腸がんなどの病気が隠れていることもあり要注意である。T氏の場合は不規則な食事や睡眠不足、
運動不足によって便が硬くなる通常の便秘だった。
治療には下剤や整腸剤、ときには浣腸薬を用いるが、できるだけ少量から使うのがコツである。もっと大切なことは排便習慣を守ることである。
いったんこの習慣が崩れると回復に時間がかかるからである。おなかのマッサージはあまり効果的とはいえず、体を動かすほうがよい。食物中の脂肪は腸管運動を促進し、
食物繊維は糞便量を増加させて排泄を促すので、睡眠前に牛乳か水を飲むのも理にかなっている。
「タクシーや電車の運転手さんなど、トイレに行くのを我慢しなければならない職業の人に便秘はよく見られますよ」とT氏にいうと、
「そういえば私も我慢していた。私のも職業病かな」とT氏は安心したようにほほえんだ。
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