「お客さんはお医者さんだよね」と突然、タクシーに乗車するなり運転手さんが話しかけてきた。雑誌かテレビで見たのかはっきりしないが
ともかく筆者に見覚えがあるという。
「糖尿病にはタバコが悪いって医者がいうんですよ」どうやら運転手さんは糖尿病で、主治医から禁煙を指示されたことが不満らしい。
「糖尿病は血管障害を伴う病気なので、喫煙習慣はよくないですね」と一般論で答えたが、「タバコは本当に糖尿病を悪くするのか」と本質的な問題を提起されてしまった。
じつはこれはかなり難しい問題である。論拠となる事実や証拠が多くなく、しかも喫煙習慣が諸悪の根源であるかのような論文が散見されるからだ。
喫煙が糖尿病に影響するという報告はいくつかある。スウェーデンのスクラという町の住民を対象にした調査では、男性の喫煙者は血糖値を低下させる
ホルモンであるインスリンに対する感受性が、非喫煙者より悪いことが判明した。このことから糖尿病患者は禁煙すべきであると、この調査をした研究者は主張している。
また別の研究では、糖尿病患者のうち喫煙者28人と非喫煙者12人のインスリン感受性を調べている。喫煙者は明らかにインスリンによるブドウ糖の細胞への取り込みが
低下していた。
これらのことは喫煙によって、インスリン抵抗性が増すことを意味している。これは血糖の上昇作用をもつホルモンをニコチンが分泌させると同時に、ニコチンが血管を
収縮させてブドウ糖の輸送量が減少することなどで起きると考えられている。
この論理では、インスリン抵抗性は糖尿病の病態を悪化させうるので大きな問題となる。実際、1日25本以上の喫煙によって糖尿病発症の相対的危険度が1.4〜2.1倍になると
いう報告もある。
もっとも喫煙者166人非禁煙者312人を対象にしたシンガポールの調査では、喫煙と糖尿病とは関係がなく、インスリン抵抗性とも関係はないという。ただ、
糖尿病の合併症である末梢循環障害や腎症が悪化することは知られており、やはり喫煙は要注意である。
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