アメリカの糖尿病学会がカリフォルニア州サンディエゴで開催されたときの話。会場であるコンベンションセンターから若い医師たちと
タクシーに同乗することになった。
乗車するなり、中南米系の運転手が「どこの国から来たのか」などとスラング混じりの米語でまくし立てるように話しかけてきた。気のない返事と取ったのか、
「糖尿病を知っているよ」と当方の興味を引くように話題をもちかける。
「じゃ、あなたの血糖値を知っていますか」と助手席に座った若い医師が尋ねると、運転手氏は「99ミリグラムで正常ね」とわかったふうに答える。
話はこれからで、「最近、尿が多くなってきたが、糖尿病ではないか」と聞いてきた。多尿となり、夜間排尿の回数が増えるのは糖尿病の有名な症状である。
ところが彼の場合、夜間の排尿回数は増えていないという。検査をしてみないと糖尿病かどうかはわからないと助手席氏が答えると、血糖が正常なのにどうしてこんな症状になるのか、
と言い募る。
「糖尿病以外にもいろんな病気があるから」と、多尿になる尿崩症や、腎炎の利尿期、アルドステロン症、尿細管アシドーシスなどの病気を医学用語混じりでたどたどしく
答えるものだから、運転手氏はますますもどかしくなってきたのか、「わからない、あなたは本当にお医者さんか」といわれる始末。
尿崩症というのは脳の下垂体後葉の障害で、ここから分泌される抗利尿ホルモンがなくなるために1日に5〜10リツトル以上の多尿となる。しかし
、どうも運転手氏は水やビールをかなり飲んでいる様子で尿量の日差変動があることから、心因性の多飲症のようである。
この説明でも納得せず、「では私は病気なのか」とますます真剣な口調になってくる。
車は目的地に到着したのだが、運転手氏の情熱的な質問は終わらず、車を停止したまま延延と話が長引く様子。四苦八苦している助手席のお医者さんに後部座席から助言した。
「せめてタクシーのメーターだけでも止めてもらったら」
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