Kさんは44歳、ある大学の職員である。大学生のころから手足のチクチクするようなしびれ感に気づいていたが、
とくに病院にかかったことはなかった。ところが、先日、全身のけいれんと意識消失発作があり、診察した主治医から精密検査を受けるように指示され、来院となった。
発作直前にてんかんによく見られる前兆はなく、脳血管障害のような後遺症も全くなかった。発作時には、手関節やひじ関節が曲がったまま全身が硬直。
さらに筋肉をたたくと瞬間的にけいれんが起きたという。この症状は低カルシウム血症による「テタニー」に特徴的である。血圧を測るように腕に帯を巻いて圧迫すると、
手指の伸展性のけいれんが誘発されるので確認できる。
健常者では血液1デシリットル中に含まれるカルシウムは8.5〜10ミリグラムで、たとえカルシウムのとり方が少なくとも血中濃度が減ることはない。
というのはカルシウムが足りなくなると副甲状腺ホルモンが分泌され、このホルモンの働きにより骨からカルシウムが供給されるからだ。
このホルモンを分泌する副甲状腺は甲状腺の背面に左右上下に4個あるが、1個のサイズはたった数十ミリグラムという小さな組織である。
Kさんの病気はこの組織が萎縮してホルモンを出せなくなり、血中のカルシウムが同5〜7ミリグラムにまで減っていたのである。
以前からの手足のしびれもカルシウムの減少のせいだった。このような病気を特発性副甲状腺機能低下症といい、比較的まれな遺伝性疾患とされている。
10歳以下の小児に多いが、成人に発症することもあり、この場合は後天的な自己免疫疾患の可能性が指摘されている。
甲状腺がんの手術などの後に同様の症状が起こることも知られている。
副甲状腺ホルモンは人工合成されるようにはなったが、毎日の注射が必要となる。幸いなことにこの病気の治療には血中カルシウムを上昇させる活性型ビタミンD剤が有効で、
けいれんを防ぐことができる。Kさんは発作の心配もなく元気に職場に戻った。
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