心臓ロボット手術

 心臓外科が始まって半世紀、この間、心臓血管外科手術は著しく進歩してきました。弁膜症や虚血性心疾患の手術死亡率は2.3%以下と なり、胸部大動脈瘤手術も安定した成績を残しています。心臓移植も確立した術式となり、日本でも再開されました。
 21世紀の心臓血管外科はどこに向かうのか。再生医療、生体工学、ロボット手術など1990年代に生まれた新しい分野にその答えが 隠れているかもしません。
 私たちは2002年11月から、手術ロボット「ゼウス」の一部であるイソップ(音声制御の内視鏡保持ロボット)を用いて 心臓外科手術を行っており、平成15年10月までに10数例の冠動脈バイパス手術を実施しました。ロボット手術とは、 ソニーのコマーシャルにでてくる、人間と同じ様な姿としたロボットが外科医の代わりに手術をするのではなく、 人間が遠隔操作で機械を使って手術をすることです。
 外科手術の多くは確立され、体に負担をかけず、安全に早く患者を治療するということに重心が移っています。すなわち、 体への侵襲の少ない手術、『低侵襲手術』ということです。一言で低侵襲と言っても「痛くない。」「小さく切る。」 「術後すぐに退院できる。」など様々な意味があります。心臓外科領域で言えば、「人工心肺を用いない。」「胸骨正中切開せず、 小さく切る。」などがあげられます。
 例えば、冠動脈バイパス術は30年前に確立した術式ですが、数年前から胸骨を正中切開せず、肋間をわずかに開けて行う術式 (MIDCAB)や人工心肺を用いないで行う術式(OPCAB)が盛んに行われるようになってきました。この術式により多くの危険因子を 持っている高齢者や透析患者の合併症が減りました。それでは究極の低侵襲手術は何でしょうか。体に小さな穴を開けて手術をする、 すなわち内視鏡下手術ということにならないでしょうか。
 既に、10年前に腹腔鏡手術や胸腔鏡手術は始められており、胆嚢摘出術などの腹腔鏡手術は標準術式になっています。 心臓の場合は大半が再建手術であり、その操作も細かく、おまけに心臓は拍動しているという難しい状況にあります。 そこで登場するのがロボット手術、すなわち、内視鏡下手術支援ロボットシステムです。
 ロボットは、米国のダビンチとゼウスの2種類があります。心臓ロボット手術の歴史は浅く、1990年代後半に臨床応用されるように なり、Boydらが1999年11月にゼウスを用いて世界初の完全内視鏡下人工心肺非使用冠動脈バイパス術を行いました。 その後米国やドイツを中心に3000例以上の心臓手術に臨床応用がなされており、手術も冠動脈バイパス術に限らず、 弁膜症や不整脈手術など多岐にわたっています。
 しかしながら、ゼウスにしてもダビンチにしても、人間の手と同じようには動きません。また、基本的には2本のロボットの 手しか使えないので手術操作に制限があります。さらに、ロボットシステムは目が飛び出るくらい高価なため普及を鈍らせています。
 現在、我々は一番大事な冠動脈吻合は手で直接縫っていますが、これをロボットで行うのは至難の業で、手術時間は長くかかります。 それが自由にできるにはロボットが更に改良される必要があり、数年はかかるように思います。ロボット臨床応用はFDAの認可が難しい アメリカよりもヨーロッパが先を進んでおり、残念ながら日本はかなり遅れをとっています。これは心臓手術をする施設が多い割に各施設 の症例数が少ない日本の現状とも関連しています。また、前立腺癌に対する腹腔鏡手術や腹腔鏡下副腎手術などの医療事故報道から もわかるように、低侵襲の最新手術がイコール安全なものでなく、安易な手術選択や未熟な技術が不幸な結果を招いているのも事実です。 新しい技術に取り組む場合、患者への正確なインフォームドコンセント、人として間違ってないか自省できる倫理観、 そして引き返す勇気と臨床判断能力が不可欠と考えます。私どもは日本の心臓ロボット手術をリードしているグループの一つですが、 常にこの事を肝に銘じて今後とも取り組んでいきたいと思っています。

                                         康生会 武田病院
                                        心臓血管外科 部長 山中 一朗
  
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