糖尿病治療薬の歴史と拡大する選択肢

 わが国の糖尿病患者数は740万人、糖尿病予備軍は1620万人と推計されています(2002年度調査)。 糖尿病患者数の増加は、一人あたりの脂肪摂取量、および自動車の普及台数と相関するといわれますが、 これは食事の欧米化に伴う過栄養と運動不足を意味します。さらに、高齢社会では、加齢に伴う耐糖能低下が患者増に寄与している 側面もあります。
 「糖尿病とはインスリン作用の不足した状態である」と定義されてきました。この定義は、 膵臓からのインスリン分泌不足のみならず、末梢組織でのインスリン抵抗性、さらにインスリンの分子異常やインスリン受容体の 構造異常などの新しい知見も説明できます。
 糖尿病の歴史は、糖尿病患者の主要死因によって3つの時代に分けられます。インスリン導入以前の昏睡死時代、 ペニシリンに始まる抗生物質の導入までの感染症死時代、そして現在は血管合併症による血管死時代です。インスリンを補完する 経口糖尿病薬の歴史は、わが国では、インスリン分泌促進作用を示すスルホニール尿素薬(SU薬)のカルブタミドが1955年に輸入され、 その後トルブタミド、グリベンクラミド、グリクラジドを経て、インスリン抵抗性改善作用を併せもつ最近のグリメピリドへと つながっています。さらに、SU薬類似の速効型食後血糖降下薬として、ナテグリニドがあります。もう一つの系統は、 インスリン分泌促進作用はないが多様な代謝系機序で血糖を下げる、フェンホルミン、メトホルミン、ブホルミンなどのビグアナイド薬の 流れです。
 その他、近年導入された特異な作用機序の薬剤には、多糖類の分解を阻害するα-グルコシダーゼ阻害薬のアカルボースと ボグリボース、インスリン抵抗性改善薬の塩酸ピオグリタゾンなどがあります。
 過去に、低血糖症事故の多発やUGDP報告(1971年)によるSU薬批判、フェンホルミン(現在使われていない)による乳酸 アシドーシス問題がありましたが、経口薬は使いやすいので繁用されてきました。
 しかし、糖尿病治療薬の歴史は、1921年のインスリン発見直後、その翌年には製品化されたインスリン製剤に始まります。 インスリン製剤は、改良を重ねながらも治療の主流にはなりえませんでした。たとえば、1930〜1940年代には速効型・中間型製剤の開発、 1970年代には純化インスリン製剤、1980年代には遺伝子工学製剤の導入、1990年代にはインスリン注入器の改良などです。
 今世紀に入って、超速効型のリスプロインスリン、インスリンアスパルト、持続型のグラルギン、混合型のノボラピッド30など、 患者のQOLに貢献する超速効型〜持続型製剤が提供されるようになり、さらに吸入や経口によるインスリン製剤も研究されています。
 最近のインスリン製剤は、注射痛が少なく、キット化されて利便性が向上しています。費用対効果を考えると、 生活習慣の是正が儘ならないが許容範囲にある人には、QOLを考慮すればインスリン治療が抵抗なく受け入れられるかもしれません。 それには、患者さまに「インスリン注射を始めたら終生続けなければならない」とか、「糖尿病の終着駅はインスリン治療である」 などの、負の印象を与えない医療人の配慮と対応が望まれます。

                                         医仁会 武田総合病院
                                           院長  佐古 伊康
  
                                                                       back
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